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残り香 【4】 [月とクジラ]

ランチタイムの時間を過ぎると、客足もだんだんと途絶え始め店内は落ち着きを

取り戻しだす。

「モリ君そろそろ休憩したら?」

焼きたてのパンにメープルシロップを塗りながら店長が話しかけてきた。

しかし、僕は声も出さずにコクリと頷きソソクサと奥のスタッフルームへ引っ込んでいく。

ここ最近店長とはうまくいっていなかったので、会話をするのでさえ億劫に感じていた。

うまくいっていない理由はたいしたことではないのだが、今は話す気にはなれない。


軽い食事をすませ一服しながら、親友から言われた「馬鹿か」という言葉を思い出していた。

「馬鹿、か・・・。」

あの日から僕は何か変わったのだろうか?

途方もない計算式の前に立ち尽くすばかりで、答えは一向に見つかりそうもない気がしていた。


ふと時計に目をやると休憩時間を少しオーバーしているのに気づく。

慌ててスタッフルームを飛びだしたものの、店内は穏やかそのもので軽やかなJAZZが

響きわたっていた。

ホッと一息つき、チラッと店長のほうを見たがこちらに全く視線を向けようとはしなかった。

僕らは相変わらずうまくやれそうにないな。と改めて思った。

重苦しい雰囲気から逃げ出すように入り口にあるレジのほうへと移動する。

この店の大きな特徴のひとつでもある全面ガラス張りの壁からは、さっきの重苦しい空気を

取り払うべく爽やかな日差しが差し込んでいた。

店の前には小さな広葉樹が植えてある。

晴れた日はゆらゆらと木が揺れ、窓を閉めているにも関わらずやわらかな風が店内にも

吹き込んでくるような気さえした。

心地よい日差しに目を細めていると、奥のほうから女の子が歩いてきているのが見えた。

小いさな体を包みこむように長い髪がゆれ、透きとおるように白い肌。それはどこか透明だった。

見た目がではなく、存在自体が透明で木漏れ日と一体化しているような気がした。

そして、ほんの数秒だったと思う。彼女は僕に気づき、ふっと微笑んだ。

笑顔、ではなくほほえみ。本当に小さな小さな微笑は残り香のように僕の心に漂い、ゆっくりと

時間をかけて消えていった。

それは、どこか寂しげでどこか懐かしかった。


きっと君はその時のことを覚えてはいないだろうね。ありふれた日々の中にヒラリと舞い落ちた

花びらみたいに、僕らの出会いは静かでささやかなものだった。

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